祖母を置き逃げた自分を呪う | 東北の小さな酒蔵の復興にかける熱い想い【第45回】

「祖母を置き逃げた自分を呪う」こんな題目が目に入ってきました。読売新聞の全国版で「人生案内」というコーナーがあるのですが、様々な読者からの相談に心療内科医や作家などがそれぞれの見解で応えていくコーナーです。
私は、この「祖母を置き逃げた自分を呪う」という題を見て真っ青になりました。間違いなく東日本大震災の事だ、と。読んでいきますと、相談者は大学生の女子。今、何をしていてもあの事ばかりを思い出しています、と書き始めています。東日本大震災の時、祖母と一緒に逃げたのに、祖母は坂道の途中で「これ以上走れない」と言って座り込みました。
しかし、彼女は祖母を背負って逃げようとしたけど、祖母は頑として彼女の背中に乗ろうとせず、なんと怒りながら彼女に「行け、行け」と言ったそうです。彼女は祖母に謝りながら逃げたそうです。その三日後、祖母は遺体で発見されました。おばあちゃんが、なぜ怒って「行け」と言ったのか。涙が出るほどその気持ちがわかるような気がします。怒ることで彼女の気持ちに区切りをつけさせ、優しい彼女が自分を背負って逃げていては津波にのみ込まれてしまう、と確信したからこそ、孫の命を救うために泣きたいのを我慢して彼女のために怒って「行け」と言ったのでしょう。なんという悲しい物語なんでしょう。本当は「助けて」と思っていたかもしれない。でもこのままで未来ある若い命が自分と一緒に失われてしまう。それだけは避けなければいけない。

命の重さはみんな等しいのに、自分を犠牲にしてしか救えない命が目の前にあったらどうするか。私が同じおばあちゃんの立場でも、間違いなく「自分を置いて行け」と言ったと思います。しかし、それは自分にとっても、彼女にとっても思い十字架を背負う判断で、誰も責めることはできません。このような事例は震災の際にたくさんあったと聞きます。
津波で流された車の中には、小さな赤ちゃんを覆いかぶさって抱いた二人の亡くなった命。自分が逃げればいいのに最後まで公務員として、津波の警告を屋外スピーカーで伝えながら亡くなった命。人のために自分の命を差し出す。それで救われた命はたくさんあるけど、自身の犠牲により救われた命はその十字架を一生背負うことになります。それが重いのか、それを糧にしっかりと生きていけるのか、それも人それぞれ。
誰も悪くない、だからこそ誰も怨めない。こんな思いが震災から5年経とうとしているのに今でも被災地にはあるのです。

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本文:南部美人 五代目蔵元
東京農業大学客員教授













