酒蔵『磐城壽』|東北の小さな酒蔵の復興にかける熱い想い【第92回】

 東日本大震災において福島県浪江町で大きな被害を受けた酒蔵「磐城壽」。この蔵元は私の大学時代の同級生でもあります。日本で一番海に近い酒蔵としても有名で、蔵の目の前はまさに太平洋という環境で酒造りを代々営んできました。震災の時に蔵が倒壊し、津波に襲われましたが、奇跡的に家族、従業員全員が無事に避難することが出来ました。しかし、蔵は全て津波で流され、跡形もなくなりました。

 さらに、福島第一原発の近隣ということで、浪江町は立ち入り禁止区域になりました。それでも酒造りをあきらめきれない蔵元の鈴木大介君は、同じく大学時代の同級生で山形県で「雅山流」を醸す蔵元の新藤君を頼りました。山形県と福島県は隣同士、しかも新藤君の蔵は米沢市にあり、福島にも近いということから、一時避難を米沢にしました。

 その後、長い期間浪江町に帰って酒造りが出来ない事が判明すると、鈴木君は避難先の山形県で酒造りをすることを決意しました。その決意を山形県酒造組合の皆さんが後押しして、山形県長井市で酒造りを再開し、山形で造る浪江町の「磐城壽」が世に出ます。

 しかし鈴木君は浪江町での酒造りを今でもあきらめていません。自分の代では浪江町で酒造りをするのは難しいかもしれないが、息子の代で浪江町に戻って酒造りを出来るように頑張っています。

 こんな「磐城壽」の震災から今までの軌跡をまとめた本が出版されました。平凡社新書から上野敏彦著で『福島で酒をつくりたい 「磐城壽」復活の軌跡』という題名です。

 私はこの磐城壽が震災時からどれだけ苦労していたか、同級生ということもあり、本当によく知っています。震災時、蔵にも行ったことのある私は、鈴木君の蔵がどれだけ海の目の前か知っていました。だからこそ、震災が起きて、一番最初に「もうだめだろう」と思ったのは鈴木君でした。

 あれだけ海に近い蔵で酒造りの最中にあの地震と津波なら絶対に生きているはずがない。ましてや彼の性格では絶対に自分だけ逃げだすことはしないから、社員や家族を避難させて最後に逃げるだろうとも思っていました。そうなると津波にさらわれた可能性が非常に高いと。しかし、震災から数日後、山形の新藤君から無事の連絡が来て、本当に泣きながらその電話を受けました。生きてくれてありがとう。そして家業である酒造りをあきらめなでくれてありがとう。

 鈴木君の蔵の復活の軌跡。是非多くの皆さんに読んでもらいたいです。2月17日発売です。カナダでも買えるかもしれませんので、一人の若者が震災から伝統文化を背負いどのように生きてきたか、是非ご覧ください。

オンタリオ取扱い代理店:
Ozawa Canada Inc

現在トロントで楽しめる南部美人のお酒は、「南部美人純米吟醸」とJALのファーストクラスで機内酒としても採用されている、「南部美人純米大吟醸」の二種。数多くの日本食レストランで賞味することが可能。

南部美人 / http://www.nanbubijin.co.jp

本文:南部美人 五代目蔵元 東京農業大学客員教授

久慈 浩介

 岩手県の銘酒として知られる「南部美人」は、カナダ・トロントでも味わうことができる日本を代表する酒蔵で、2011年3月11日の東日本大震災で被災した蔵のひとつだ。5代目である久慈さんは震災直後から日本酒を通じて地域復興の様々な取り組みを行ってきた。本連載では久慈さんが体験したことや復興の取り組みなどを寄稿してもらう。