カナダでゲーム屋三昧#012
Globalismという病
「カナダでゲーム屋三昧」、ついに12回目を迎えました。1年間、ご愛読頂き、ありがとうございました(まだ終わりじゃないですよ…)。バンダイナムコスタジオの海外展開(第1回)、カナダ税制誘致(第2回)、遊びの性質(第3回)、ヒットの確率論(第4回)、芸人・俳優の海外展開(第5回)、北欧のイノベーション文化(第6回)、Uber(第7回)、日米マンガ比較(第8回)、アフリカ夜と空想の関係(第9回)、守破離プロフェッショナルになる階段(第10回)、ジブリとピラミッドに見るモノの本当の価格(第11回)と続けてきました。基本的にコンセプトはゲーム屋と関わりのあるコンテンツづくりについて、日々ゲームにばかり向き合っているからこそ、違う角度からの話題を続けてきました。この1年、実は私自身が初めて家族も引き連れて、海外生活をした1年でもあります。今回は色々個人の振り返りとともに、現在の日本全体のテーマでもあるグローバル化についてお話してみたいなと思います。
私個人でいえば、昨年の1年は「しがみついた」の一言に尽きます。いつか人生を振り返り、分岐点となったところを指せば、間違いなく2014年になるでしょう。初めて入ったバンダイナムコスタジオ、初めてなったマネージャー、初めての海外生活。すべてがゼロをイチにする作業でした。採用や管理の仕組みがないので給与テーブルを作り、自分で面接しました。ケベックもオンタリオも、アメリカやヨーロッパまで足を運んで、開発の手伝いをしてくれるパートナーを探し回りました。慣れぬ契約書を読みながらパートナーシップを結び、税制控除の仕組みと格闘し、VISA取得のために通関と交渉しました。ゲームの開発が始まっても、皆の会話についていくのが精いっぱい、毎日議事録をとって読み返し、ゲーム作りを理解しようと努めました。会社をブランディングしていくため、講演の機会は全て受け、本を執筆しました。TVは3回壊れ、10回以上もコールセンターにガチャ切りされ、時間通りに来ない宅配を1日待ち続けたこともありました。車をぶつけ、I’m sorryしか言えない自分が情けなくなりました。妊娠した妻を置いての出張は数え切れず、何度となく家庭でも衝突しました。全く道がないところを、とにかく周りの人間にしがみついて、教えてもらって助けてもらって、一歩ずつ進みました。ゼロをイチにするって、自分でやることではなくて、自分よりそれができる周りにしがみつくことなんだな、ということを学んだ一年でした(これ、正しいですかね?)。
グローバル化って日本よりももっとキラキラした大きなものに向かって挑戦していくイメージでしたが、アメリカ・カナダ・ヨーロッパの都市は実は東京よりも田舎で、仕事の機会も消費の機会も少なく、ずっと非効率的な仕組みが残っているように見えました。そしてそれぞれが全然違う文化を持っていました。「欧米」という一括りは何も言っていないことに気づきました。東京の集積性と文化的一元性はあまりに効率的で、一方では不便で、だだっぴろくて、まとまりがなくて、という日本以外の空間でSurvivalするには全く違う仕組みや会社があることを知りました。グローバル化とは、東京にカスタマイズされた効率的な成功法則を「脱ぎ捨てること」なのだと感じました。
グローバル化というのは、過去日本でも何度か起こったトレンドです。古くは7世紀、当時は世界GDPの2割を占めた唐(中国)の時代へ遣唐使を送った時代から始まり、明治維新後にも世界GDPの5割を欧米で占めた時代にも留学運動があり、パスポートもなく自由に行き来できた時代に比べると実は現在のグローバル化の推進度合はずいぶんと消極的です。それもそのはず、今回のグローバル化は、一度日本が世界2位の経済大国となった後におこっているからです。昔のように圧倒的に負けている状態からキャッチアップするのではなく、「成功体験」をもって一度下った人間が再び学ばねばならないという矛盾の中での戦いなのです。なので、今の日本に足りないのは「危機感」ではなく、「危機」です。強烈な危機に瀕しなければ、自分たちの過去のやり方を大きく変えられるはずもありません。
実は個人的に目標にしている企業があります。ダイキンというエアコンの会社です。1994年に赤字転落したときに「多角経営から空調一本に」「海外展開」に集中したダイキンは20年の間に売上は3843億円から1兆7831億円に、海外比率は14%から71%へと変貌しています。日本の売上はそれほど伸びず、ほとんどの成長は海外から得ています。バンダイナムコは規模も比率もダイキンとよく似ています。売上5076億円で海外比率16%、今のVancouverスタジオを含む海外展開がどうなるかによって2034年に1兆円を超える企業に成長しているか、今の5000億円のままに留まるのか、20年の時間のズレはありながら、今、グローバル化への岐路に立たされているのだと痛感しています。
メーカーと違って我々のようなサービス産業の海外展開はより熾烈です。共通の「モノ」がない中で、伝授できる「ワザ」も曖昧な中で、自分たちの文化を海外に伝え、強みにしなければいけないからです。これはリクルートや電通といった他のサービス業大手も皆苦しんでいるところです。個人的にはグローバル化とは「オープンソースの活用リテラシーを上げること」だと思ってます。ちょっとわかりづらいですよね。一歩日本を離れると地理的・ネットワーク的に疎遠な社会が待っています。そこでは共通性が少ない空間だからこそ、オープンに色々な情報が交換され、「共通基盤を作ること」に熱心な社会があります。IBMのソフトウェアしかり、Appleのプラットフォームしかり。日本のように個社単位でオリジナルなものを練り上げる刷り上げ型ではなく、色々なものを外部とオープンに交換しながら、自分たちの部分的な強みをモジュール型に作っていくのです。そうしたモノの作り方には日本人は慣れていません。やったことがありません。でもやらなければいけません。外部のものをうまく活用して自分の強みとすること。それがオープンソースの活用リテラシーを上げることです。
Globalismの病は直ぐに治るようなものではありません。少なくともあと20年は最低日本人を苦しめ、ずっと付きまとうものだと思っています。この20年間、拗らせ続けるのか、ある程度回復に向けて前進し続けるのか。来年もカナダのゲーム屋として頑張っていく予定です。どうぞ2015年もよろしくお願い致します。ちなみに1月に出版された出来立てホヤホヤの著書はThird Wave of Japanese Games(www.amazon.co.jp/Third-Japanese-Games-English-Edition-ebook/dp/B00RXN5R3C)になります。ぜひ購入くださいませ!
中山 淳雄
1980年宇都宮市生まれ。2004年東京大学西洋史学士、2006年東京大学社会学修士、2014年Mcgill大学MBA修了。(株)リクルートスタッフィング、(株)ディー・エヌ・エー、デロイトトーマツコンサルティング(株)を経て現在 はBandai Namco Studios Vancouer. Incに勤務。コンテンツの海外展開を専門に活動している。著書に『ボランティア社会の誕生』(三重大学出版:第四回日本修士論文賞受賞作、2007年)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書、2012年)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHPビジネス新書、2013年)、他寄稿論文・講演なども行っている。