夢のカジノ産業、成るか日本IR経済圏|世界でエンタメ三昧【第71回】
12兆円のカジノ市場、実は利益率もぼちぼちの安定経営
ひとまずカジノに関する誤解を解くところからスタートでしょうか。私自身もキャラクター版権やアニメやゲーム産業に携わっていると「儲かってしょうがないでしょ?」と言われます。またプロレスやキックボクシングに関しては「危なくないの?裏側とか…」などなど。日本でいえばパチンコ、欧米でいうとこのカジノというのは、まさに「儲け×反社会性」の2つをあわせたような言われ方をすることが多いです。でも実際のところは…開発・運用にはそれなりの金額がかかっており、利益率もずいぶんと一般的な水準で、かつ過去に法規制の波でかなり厳格にマフィアやマネーロンダリング排除を行っている状況です。それでないと上場企業にはなれませんし、「合法カジノ」の世界は普通の企業体がやっていると思ってよい状態です。
世界全体で12兆円というカジノ市場規模は「音楽市場」「ゲーム市場」「キャラクター市場(玩具・雑貨など)」と同じくらい。内訳のコストは原価37%、人件費29%、税金26%(法人税+カジノ税)に対して利益率は8%と、これは正直「(税金部分が家賃に代われば)うまく経営している飲食店舗」と近い原価率・管理費率・利益率です。税率が高いのは合法化にあたって高い税率が付加されており、それがゆえにカジノ導入はその国・州にとって重要な財源ともなっています。
図1がカジノ市場の地域別の内訳です。マカオ3兆円が断トツで、続く米国のラスベガス1兆円、NYにほど近いアトランティックシティで0.3兆円(米国全体では3.5兆円近くなる)、シンガポールが約6千億、フランス約4千億と続きます。ここ15年を見ると、米国も欧州も上げどまりをしており、アジアだけが爆速成長中といった状況。北米のカジノ大手の収益増も、外資開放されたマカオ・シンガポールでの収益貢献によるところが大きい。
カジノは全体の3%、カジノ収益の4倍経済効果を生み出すIR
そもそもラスベガス(LV)をカジノのみの目的で訪れる観光客は11%に過ぎず、大半が観光・ショッピング・エンターテイメントを楽しむことを目的としています(逆にカジノをしない観光客も13%しかいないため、カジノ自体ももちろん魅力ではあります)。IR全体で考えたときに、注目したいところとしては「カジノ」というスペースは約3%しかないということ。残り97%は旅行・宿泊含めた総合的なエンターテイメントで出来上がっているのです。LVでは1人平均3.6泊し、平均10時間近くをカジノで過ごすものの、そのなかでカジノに落とす金額は平均500ドル程度。でもこれだけじゃないんです。
図2が米国全体でカジノが生み出した経済圏です。カジノで直接的に収益になっている3.5兆円のほか、波及効果も含めカジノ施設では飲食も含め10兆円近い総合収入。宿泊やその他でも2兆円なども含めて、カジノ直接収益の4倍にもなる「米国のカジノ周辺産業含めて12兆円強」が本当の経済効果として現れるのです。つまりカジノ誘致というのはカジノそのものだけでなく、カジノをとりまく総合アミューズメント経済そのものを作り上げる「街づくり」の働きかけなのです。
カジノによる都市づくり―もはや衆知の成功例としてのシンガポールが明確な経済効果を証明してくれています。シンガポールで2011年に開業したマリーナ・ベイ・サンズは総工事費で6千億円強もの投資の結果、2009年から2017年に大きな観光収入を作り出しました。2009年から2017年で、シンガポールへの外国人旅行客が960万人から1700万人と約2倍、旅行消費額も1兆円から2兆円に2倍、ホテル客室もそれにあわせて1181万室から2112万室に2倍、ホテル稼働率は75%から85%に10%増、さらには客室単価も1.5万から1.7万に10%増。カジノだけでなく、ホテル、コンベンションセンター、ショッピングモール、美術館、映画館などの複合リゾート全体で生み出した「財」なのです。
新興エリアの拡大で成長するカジノ大手
カジノビジネスそのものは実は成熟化の際にあります。ゲーム要素は1930年代からほぼ変わらず、漸次的に進化はしたものの、その型は1980年代には完成しています。その要素は①カジノゲーム(テーブルからスロットまでゲームルール)、②勝ち負け(自らのテクニックによる勝ち負け)、③確率上の負け(統計的に生み出される偶発的な勝ち負け)、④コンプと条件(目標達成と報酬)、⑤施設サービス(ホテル、レストラン、ショーなど)の5つに分けられます(中條辰哉『日本カジノ戦略』新潮新書2007)。ここで一番大事なのは実は④で、勝っても負けても累積的に確実にもらえる報酬です。高額の掛け金をかけたユーザーは数十%ですがホテル代・レストラン代・ショー代を無料化したり、VIP待遇の送迎などさまざまな特典があります。ゲームでは「ペインポイント」とも言われますが、カジノはこのコントロールが秀逸で、負けてもお得感が続き、リピーターを生み続けることに成功しています。実はあまり市場が伸びていない欧州と、米国・アジアのカジノは、この④のオペレーションの違いによって生み出されたのではないかと考えられます。
カジノ自体に進化の余地がなくなってきている。そんなときに、周辺事業を増強させる戦略が各社によってとられてきました。大きかったのは2002年のマカオのカジノ外資への開放です。2000年代の各社の急拡大は北米ではなくむしろマカオによって引き起こされています。
LVでの古参最大手だったCaesars(シザーズ)は90年代を通してホテルなど周辺事業展開に成功したMGMにとって代わられます。2000年代後半はLas Vegas Sansがシンガポールとマカオ展開に成功し、10年で1.5兆円へと10倍規模になり、最大のカジノ事業者となりました。あわせて香港のGalaxy EntertainmentやMelco Resorts、米Whynnもマカオを中心に成長してきました(マカオのカジノ界をけん引してきた、スタンレー・ホーは外資参入前のマカオカジノのドンで、マカオの税収の三分の一は彼の納税額とも言われるForbs常連の大金持でした)。
シルクドソレイユの誘致
また、施設内エンターテイメントの拡充も産業拡大の契機でもありました。もともとは1泊40ドルのチープなホテルに食べ放題ビュッフェを添え物としてカジノだけを楽しむ場だったラスベガス。Steve Whynnはカジノ以外の総合エンタメを作るべきという指針のもとに6.3億ドルをかけてMirage Resortsを開発し、シルクドソレイユの興行を一定期間買い上げる「常設イベント」としてのディールを結びます。何人入るかわからない興行のかつリスクの高い常設は、結果として大成功をおさめます。ショーをみる観客がほかの一般訪問客よりもおおくの金額を施設に落とし、またリピートすることが証明されたのです。エッジのきいた年商数十億のサーカス集団シルクドソレイユがここから驀進して、ついには数千人の従業員で年商1000億を生み出す世界最大の興行団体になるのです。
Mirage Resortsは64億ドルでMGMに売却され、その後SteveはWhynn Resortsを立ち上げ、マカオのカジノ権を獲得し、現在は業界4位となる年商60億ドル以上ものサイズに成長します。一方で買収したMGMは、Caesarsと差別化したハイエンドカジノ事業を続々展開し、シルクドソレイユとよりリスクをとった1.5億ドルの施設建設と興行製作費の半分を負担した上で売上を50:50で割っていくような共同事業モデルを展開していきます。その後もボクシング興行など施設エンタメを充実させ、ラスベガスカジノの覇者になります。こうした総合エンタメ化はいまや必然の動きであり、香港Melco Resortsも日本進出・横浜カジノへの展開をもくろみ、横浜F・マリノスのスポンサーディールなどにも積極的です。
カジノづくりは街づくり
この20年がマカオとシンガポールというブルーオーシャンで大きく潤った世界カジノ大手たちが、次なるターゲットとして日本市場に多大な期待を寄せるのは当然ともいえるでしょう。現状、日本のカジノIRのスタートは2026年ごろと言われていますが、その竣工に向けて各社さまざまな取り組みを展開しています。もちろん大規模化すればいいわけではなく、ラスベガスの成長とアトランティックシティの凋落(この2都市は80年代までは同規模のカジノ市場でした)など施策の巧拙によっては失敗する事例もたくさんあります(機会あればあとでまた取り上げます!)。
1999年に石原都知事が「お台場カジノ構想」を立ち上げてから、20年にわたって紆余曲折を繰り返しました。民主党政権になったことで一時検討が頓挫し、安部首相の2014年シンガポールIR視察後に議論が再燃し、2016年末にIR推進法成立。日本でも3か所でカジノを作ることが決まっています。だがギャンブル依存症対策や治安問題、その不安にもとづく住民の反対運動など解決されていない課題は多くあります。前回70回で取り上げたように、実は訪日外国人は2010年代にすでに大成功をおさめており、IR法がターゲットゴールとしていた1000万人を優に超えて、3千万人とトリプルスコアの達成をしている現実もあります。さらにはコロナによって業界全体が大きなダメージと将来のビジネス像が不透明な状況で、図3のように大手各社2020年は大規模な減収・赤字が予想されており、予断は許しません。
それでも…個人的にはIR施設の本義は「ナイトタイムエコノミー」にあると考えてます。東京は特に「終電」に代表されるように夜のエンターテイメントが足りない都市と言われています。観光客がもつ消費余力に十分なエンタメを供給できていないという状態です。時間も人も消費も余剰がある「スキマ」を埋めるためのカジノ&IR施設というのはもちろんエンタメ過剰な日本における希少なブルーオーシャンであることは確かで、それがゆえに世界のカジノ大手が引きも切らずに日本展開を画策しているのです。では2020年代後半、カジノ・IR展開を前提としたエンタメ業界はどうなっているのか?それについてはまた追って分析していきたいと思います。
中山 淳雄
ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に“The Third Wave of Japanese Games”(PHP、2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。新作『オタク経済圏創世記』(日経BP、2019)も発売中!仕事・執筆の依頼はこちらまでatsuo.no5@gmail.com