vol.14|『修道院覚書』|翻訳の窓から – 書評で読む世界
今回紹介するのは、エンタメ要素たっぷりの壮大な歴史ファンタジー、『修道院覚書 バルタザールとブリムンダ』(ジョゼ・サラマーゴ著・木下眞穂訳、河出書房新社)です。舞台は18世紀のポルトガル。ブラジルを金蔓にやりたい放題の国王ジョアン5世が、世継ぎ誕生の返礼として巨大な修道院建設を約束します。その国家プロジェクトと並走するように、数名の個人が空を飛ぶための機械「パサローラ」を作るという型破りな夢を追います。異端審問が横行し、火刑が見世物となる時代ですから、空飛ぶ機械の発明は極秘に行われ、命がけです。
この修道院建設と空飛ぶ機械の開発の両方にたずさわるのは、戦争で左手を失ったバルタザールという男。彼は不思議な透視力を持つ女性ブリムンダと出会い、恋に落ちるのですが、この二人の恋がとにかく真っ直ぐでいい。ブリムンダは、この特別な能力を持っているのを隠しながら生きているのですが、愛するバルタザールのことだけは透視したくない。彼女の透視力は空腹時に発揮されるので、毎朝目覚めるときは、まず目をつぶったままパンを食べ、それからバルタザールを見るという徹底ぶりです。
ジョアン5世が建設を命じた修道院は、マフラ国立宮殿といって実際に存在する建造物です。その建設計画は変更続きで、修道院は大きくなる一方。労役にかり出される貧しい民衆は変更に振り回され、とんでもなく巨大な石を切り出し、山道を遠方から運ばされと、命を落とす人も出てくるのですが、権力を嫌うノーベル文学賞受賞者サラマーゴは、忘れさられがちな庶民一人ひとりに名前を与え、彼らの人生を描きます。情景描写も緻密です。
パサローラは完成し、バルタザールもブリムンダもついに空を飛ぶのですが、その後の二人の人生を狂わせます。どう狂わせられるのかは、この小説を読んでのお楽しみ。史実と想像が入り混じる物語なので、ポルトガルの地図を片手に、史実を調べながら読むのも楽しい一冊です。

新田享子
書評家・豊﨑由美を師と仰ぐ翻訳文学書評グループBookpottersのメンバー。国際政治、文芸理論、歴史衣装など縦横無尽にさまざまな分野の書籍を訳す英日翻訳者。kyokonitta.com





