伝統の道を拓く⑨ 《 金継ぎの価値を左右する品質 Ⅰ 》|金継ぎ開拓民のお茶休憩

カナダ東側で唯一の金継ぎ師であるということは、この地における金継ぎに対する認識と文化、そしてその質の基準を作る責任を担っていることになります。そのため、発信する内容やその方法は一つひとつ熟考を重ね、「金継ぎの価値を保つ」「文化的側面を強調する」「日本人の視点で語る」という3つの方針を主な軸としました。
金継ぎの価値を左右する要素に正統性と品質があります。今月より、5回に分けて「品質」についてお話いたします。
品質について語るとき、その基準がどこで形作られているかという点について考えなければなりません。というのも、日本で当然とされる品質感覚は、そのまま北米で共有されているわけではないからです。「いいもの/買いたいもの」と認識される対象があったとしても、日本と北米では実際に見ているものや重視しているものが異なっています。
日本では、工業製品から接客、家屋、内装、道具、工芸品に至るまで、細部まで神経の行き届いた仕事に触れる機会が日常の中に多くあります。そのため私たちは、高い機械性能・徹底した品質管理・熟練した手の調整によって生まれたものと、そうでないものの違いを、比較的自然に見分けやすい環境にいます。また、工芸品などの、意図をもって調整された不均一性と、未熟さから生じた不安定さもやはり別のものとして見分けることができます。
一方で北米では、物そのものの精度や細部の処理・実際の使いやすさだけでなく、印象、雰囲気、ストーリー、自己表現性といった別の要素が価値判断の前面に出ることが多くあります。
カナダに来て驚いたことのひとつは、アート・クラフトシーンにおいて日本の中高生程度の作り込みの作品がそれなりの価格で売られ、また買われていることでした。誰もが参入しやすく、自由に表現して収入を得られる点は大いに魅力的ではあります。
しかしその一方で、日本の細やかな仕事は、そのままでは価値として認識されにくいのです。どれほど手をかけ、時間をかけ、細部まで整えても、それが当然のように見過ごされてしまうことも少なくありません。
すなわち、品質の高さを実現することと、その品質が理解されることは別の問題なのです。品質とは、作り手の技術の問題であると同時に、それを見る側がどのような基準を持っているかという問題でもあるからです。
— Material Encounters in Japanese Art — 2026年4月4日〜9月7日





