【特別編】非日常から日常へ。海外で日本酒が〝自然に選ばれる〟未来東京の地酒「澤乃井」小澤幹夫社長が語る〝日本酒の次のステージ〟」|女史が綴るカナダ日本酒歳時記|カドエンタープライズ・宮下清子
昨年2025年11月、トロントのワインフェスティバルに出展し、試飲会やレストランイベントも重ねた「澤乃井」ブランドの小澤酒造23代目当主である小澤社長。歴史ある酒蔵として知られ元禄15年(1702年)創業、奥多摩国立公園内・東京都青梅市沢井に蔵を構え、2種の清水「蔵の井戸(中硬水)」「山の井戸(軟水)」を使い分ける稀少な水環境を持つ。海外で高まる日本酒への熱気、東京の地酒としての強み、そして「非日常」から「日常」へ根付かせるための課題と展望を聞いた。
ーワインフェスティバルを振り返って、あるいは3年前のジャパンフェスティバルのときのお客さんの反応をご覧になって、トロント、またカナダ全体のマーケットの手応えをどう感じていらっしゃいますか。
私自身、今回が2回目のカナダで、3年前はジャパンフェスに出展しました。ジャパンフェスでは日本びいきのお客さまが一定数いらっしゃることもあり、日本酒を好んでたくさん飲んでくださって、「美味しい」と言っていただけたのは、率直に嬉しかったですね。
ただ、今回のワインフェスは、いい意味で衝撃でした。ワインフェスですから当然ワインが主役のイベントです。それにもかかわらず、会場の手前に明らかに人だかりができている場所があって、近づいてみると澤乃井の幟が立っていました。「あそこが日本酒のブースなんだ」とすぐに分かるほど、強い熱気がありました。
ワインフェスの中でも、最も混み合っているブースの一つではないかと思うほどの盛り上がりでした。前回のジャパンフェスは「日本」という枠の中で紹介される、いわばカテゴライズされた場でしたが、今回はもっと広い「アルコール飲料」という視野の中で、それでも日本酒がこれだけ支持されるのだと実感し、驚きました。手応えは、想像以上に大きかったと感じています。
「東京の地酒」という武器
ー現在、海外における澤乃井の認知度や受け止められ方について、どのように評価されていますか?
正直に言うと、海外での認知度はまだまだ弱いと感じています。先進的に海外へ打ち出してきた他の酒蔵さんがいらっしゃる中で、当社も輸出のスタート自体は決して遅くはありませんでした。ただ、実際に自分たちで海外へ行き、現地で売り出していくといった動きを本格的に始めたのは私の代になってからです。海外展開という点ではまだ新参者。だからこそ、これからしっかり踏み込んでいきたいと考えています。
私が引き継いだ当時、会社の状態はすごく悪いわけではありませんでしたが、決して良いとも言えませんでした。このままいくと、じわじわと良くない方向に流れていくのではないかという、そんな空気が社内にもありました。変化がない、あるいは停滞やマンネリが続くと、社内の空気はどうしても濁っていく。だからこそ、社長である私自身がアクティブに動き、新規性のある取り組みでその空気を打破したかったんです。そうした動きが、実際の数値とは別のところでモチベーションを生み、少しずつ士気を高めています。効果は確かにあると感じています。
ー「海外での認知」や「受け止められ方」について澤乃井が掲げる「東京の地酒」というアイデンティティーは、海外ではどのような強みとして伝わっていると感じますか?
「東京」というワードは確かに非常にキャッチーです。「東京から来ました」と言うだけで、ほとんどの方がすぐに理解してくれる。ほかの都道府県だと、知らない方も少なくありませんから、その点は仕事がしやすいですね。


さらに驚くのは、外国の方は漢字を読めなくても、「東京」という漢字を見て「これは東京だ」と認識できることです。それくらい東京の認知度は高い。だからこそ、「東京で酒を造っているのか」と一発で記憶に残り、覚えてもらえる強さがあります。
一方で、東京には都会的なイメージが強い分、説明がないとそれがネガティブに作用することもあります。「あんなところで酒造れるのか」「きれいな水があるのか」といった反応ですね。
だからこそ、付加価値を伝える段階で「東京のこういうロケーションで造っているんです」と背景まできちんと伝えることが絶対に大事だと思っています。東京で老舗の酒蔵であるーーそれだけでも、ひとつ「うたえるもの」になると感じています。
ー一方で、訪日観光客など、日本を訪れる方が「酒蔵に行きたい」と思ったときに、業界全体で魅力を発信していくことも重要だと思います。たとえば「澤乃井もあれば、ほかにもさまざまな酒蔵がある」という形で、幅広く盛り上げていく取り組みについては、どのようにお考えですか?

もちろんです。業界全体が発展していかないと、結局は先細りしてしまいます。自分たちだけが良くても、長い目で見ればそれは絶対に良くない。だからこそ、業界として一緒に盛り上げていく視点は欠かせないと思っています。
幸い、日本酒の業界は横のつながりが強く、蔵同士の関係も比較的フレンドリーです。技術交流も普通にありますし、「あれ、どうやってるの?教えてよ」と聞けば、「うちはこうしてるよ」と気軽に共有してくれる。設備についても「うちはあの機械を入れてるよ」と、隠さずに話してしまうくらいです。そうしたオープンさが、業界全体の底上げにもつながっていると感じます。
海外審査が照らす「個性」
ー「MILANO SAKE CHALLENGE 2025」では「澤乃井 純米大吟醸」が日本酒テイスティング部門でダブル金賞を受賞されました。また、香港で開催される「Oriental Sake Awards 2024」でも受賞されています。国内と海外では評価の視点が異なると思いますが、海外の審査基準から見えてきた気づきや、今後どのように生かしていきたいかを教えてください。
私からすると、まさに目から鱗でした。海外の審査は「素晴らしいな」と感じる点が多かったです。日本国内の審査会は、非常に厳粛で、基本的には減点方式です。フレーバーの欠点などがあると減点され、残った点数が高いほど上位に入る。つまり「欠点のない酒を作る」ことが、国内コンテストで評価される一つの軸になりやすいんですね。

結果として日本のコンテストでは、「ここだよね」「これを作れば賞が取れるよね」というモデルケースができ、みんなが同じ手順を目指しやすい。けれど日本酒は本来、嗜好品です。嗜好性が高いものを作るべきなのに、同じものを作ることで工業的になってしまう。そこに私はナンセンスさも感じています。
その点、海外は嗜好性や指向性を評価軸にしっかり入れてくれる。だからこそ、「私たちはこのものづくりでいいんだ」「これはちゃんと評価されるんだ」と確信できたのは、大きかったですね。
他方で、海外の評価軸が、逆輸入のような形で、今後日本のコンテストにも取り入れられていく未来は十分にあると思います。日本酒は、日本らしさを象徴するコンテンツですし、伸び率としては非常に良い形で伸びています。ただ、絶対数で言えばワインのマーケットと比べればまだ小さいです。だからこそ、もっと分母の大きいところまで持っていかなければならない、その課題意識は、業界全体としても共有されていると思います。
ー国際的に評価されるお酒と、国内で支持されるお酒には違いがあると思います。味や香り、あるいはラベルのデザインなどの観点で、どのような違いがあると感じていらっしゃいますか?
正直なところ、私たちもまだ手探りです。その中で「東京蔵人」は、カナダでも、ほかの国でも非常に反応が良いお酒です。まず、見た目つまりパッケージの強さも大きいと思います。コンセプトは東京オリンピック2020年で、日本が盛り上がっていたタイミングに、東京でものづくりをしているメーカーとして「東京の酒」を前面に打ち出そう、という狙いで「東京蔵人」というブランドとこのデザインを設計しました。世界中から人が集まる機会でもあるので、海外向けの英語情報も入れ、価値を理解してもらえるようにしています。まず「見た目が良い」と言っていただけることが多いですね。
味の中身で言うと、生酛造りという昔ながらの伝統的な製法で、酸がしっかり出るタイプです。国内では評価されにくいこともある生酛ですが、海外では受け止められ方が違います。海外にはワインユーザーから日本酒へ移行する方が多く、酸に対する味覚や捉え方が日本とは違います。生酛の酸はむしろ歓迎されることが多いんです。さらに、生酛造りという伝統的で古くから続く製法だというストーリーが、「日本的な価値」として刺さりやすいです。


酒蔵体験の価値、そして「非日常から日常」への道
ー酒蔵見学や清流ガーデンでの提供など、実際に足を運んでもらい体験してもらう取り組みを続けていらっしゃいます。「訪れる価値のある蔵」という考え方について、どのような意図で力を入れているのでしょうか。
まず国内に関しては、「日本酒に興味を持ったけれど、何を飲めばいいか分からない」「酒造りはイメージできるけれど、実際はどんなものなんだろう」、そういう方にとっての「最初の導入」を担える場所になれたら、という意図があります。実際、都内で飲食店をされている方や、お酒を勉強されている方から、「最初に澤乃井に行ったんだよね」「日本酒を飲み始めたときに見学に行った」と言われることが多いんです。日本酒に興味を持った方が、いきなり新潟や東北など遠方の酒どころへ向かう前に、まず澤乃井で「日本酒とは何か」の基礎を学びたい、そう考える方も想像以上に多いです。

一方、海外からの訪日観光客については、コロナ後にインバウンドの見学者が大きく増えました。海外で営業していると、現地で仲良くなった方が「東京でやっているんだ」と知って、「今度行くよ」と言って本当に一人で訪ねてくることもあります。これも、東京で酒蔵をやっているからこそ実現できることです。もし山奥にあったら、インフラのハードルが高く、そう簡単には来てもらえない。東京に蔵があることには、こうした明確なメリットがあると感じます。
さらに最近は、昨日のイベントでも感じましたが、日本酒や酒蔵に対する注目度が高まり、「特別な体験」として捉える意識が広がっています。幸い当社には、約300年前からの蔵が今も残っています。酒造りを、建物を含めて丸ごと「体験」してもらえる。だからこそ、こうした流れはまだまだ広がっていくと思っています。

ー一過性で終わらせず、今後さらに各地で日常的に根付かせていくためには、どのような取り組みや商品が必要だとお考えでしょうか。

たとえば昔の日本を思い出すと、私が子どもの頃や親の世代は、日常的にワインを飲む人はほとんどいませんでした。フランス料理を食べに行ったときだけ、「今日はワインを開けるか」という位置づけで、ワインは「非日常」だったんですよね。けれど今の日本では、ワインは日常です。スーパーでもどこでも買えるし、「今日はワインにする?」という選択肢として普通に存在しています。
日本酒も同じで、非日常から日常へ持っていかないといけない。注目されて、特別なものとして扱っていただけるのは嬉しい一方で、まだ「非日常感」が残っているのも事実です。海外の人たちが、「昨日はワインが多かったけど、今日はどうする?今日は日本酒にしとく?」といった、そのくらい自然に選ばれるところまで持っていかないと、本当の意味で各地に浸透していくことにはならないと思っています。
ーカナダ・トロントのマーケットについて伺います。現地ではKADOさんがエージェントとして動いてくださっていますが、以前、代表の宮下さんがレストランを訪れて名刺を置いたことがきっかけと聞きました。KADOさんの評価という点で、実際にやりとりをされていて、どのように感じていらっしゃいますか?

でしたし、率直にとても嬉しく思っています。
ー日本にはさまざまな価格帯・品質の日本酒がありますが、海外で流通している日本酒は比較的、質の高いものが多い印象があります。最後に、日本人読者の皆さんへメッセージをお願いします。
もちろん、「日本酒をたくさん飲んでください」というのも一つのメッセージです。ただ今は多様性の時代で、ビールを飲むのも良いし、ワインを飲むのも良い。その中に日本酒があるーー私は、そういう位置づけが自然だと思っています。
むしろ、こういう時代になったからこそ、日本酒の「個性」が見えやすくなり、そこを楽しめるようになってきた。これからの面白さは、まさにそこにあると思うんですよね。
蔵元もそれぞれ個性を磨いていて、昔のような一辺倒ではありません。いま飲める日本酒は、単に「レベルが高い」だけではなく、嗜好性が高く、個性が強く、面白い「コンテンツ」として育ってきています。そうした新しい世代、いわばネクストジェネレーションの日本酒も、ぜひ楽しんでいただきたいですね。
https://www.sawanoi-sake.com/



ー「MILANO SAKE CHALLENGE 2025」では「澤乃井 純米大吟醸」が日本酒テイスティング部門でダブル金賞を受賞されました。また、香港で開催される「Oriental Sake Awards 2024」でも受賞されています。国内と海外では評価の視点が異なると思いますが、海外の審査基準から見えてきた気づきや、今後どのように生かしていきたいかを教えてください。











