金継ぎされた器の価値③|金継ぎ開拓民のお茶休憩

金継ぎをするなかで、カナダに来てから学んだことがあります。それは「センチメンタルバリュー」の大切さです。
日本のお客様とお話ししていると、「これは金継ぎするほどの器ではないから」「わざわざ直すのはもったいない」といった声を耳にすることがあります。モノにあふれ、金銭的な価値を基準に判断することに慣れた私たちにとっては、ごく自然な感覚かもしれません。
実のところ、私自身も長い間「金継ぎをする価値があるかどうか」を、器の金銭的な価値(プライスバリュー)や希少性で見積もるところがありました。もちろん、お客様に直接そうお伝えしたことはありません。しかし、どうしても金継ぎの費用は高額になってしまうため、修復費用と器の元の値段との差を念頭に置きながら、「高価な漆と金を使うほどのものだろうか」「買い直すという選択肢でもよいのでは」と考えてしまっていたのです。
一方で、カナダで出会った依頼者の多くは、それぞれの器に込められた思い出や愛着を語り、「替えが利かないのです」と仰っていました。もちろん、カナダ人すべてがそうではありませんし、そもそも金継ぎを依頼される方だってごく限られています。けれども、その対話を通じて「器と共に過ごした日々の愛しさと、その器が壊れたときに感じる痛みは、器の価格には関係がない」ということに気づかされました。そして、本当に大切なのは器に宿るセンチメンタルバリューなのだと、心から認識を改めるきっかけとなりました。
今回で3回目となる本シリーズでは、金継ぎされた器の価値についてお話してきました。「金継ぎをした器は価値が上がるのですか」と尋ねられることがありますが、この「価値」は、基本的にプライスバリューを指しています。しかし、金継ぎの核心はむしろセンチメンタルバリューの高まりにあるのではないでしょうか。日々の愛着、様々な思いや物語の重なった器が壊れたとき、諦めずに修復することで、更に強い縁が結ばれていきます。
金継ぎの選択肢が心に浮かんだときには、プライスバリューだけにとらわれず、その器が歩んできた経験や、ご自身の心がその器にどのように寄り添っていたかを思い出しながら検討していただければと思います。





